アラモ砦


アラモ砦は長篠城とよく似た歴史をもっています。姉妹砦関係らしくアラモ砦にも長篠城の説明文があるとネットにありました。向かいの長篠城保存館でも時々アラモ砦の展示を行っています。

1836年、メキシコ軍3000人に取り囲まれたテキサス共和国義勇兵200人弱が勇敢に戦い全滅した場所です。1575年、武田軍15000人に囲まれながら奥平信昌以下500人の兵で守りぬいた長篠合戦より規模は小さい。荒野の中にあるだろうと思って行ってみたら、テキサス州サンアントニオ市(人口300万)の中心部にありました。片田舎の長篠城跡とは趣が違いすぎました。建物も意外と小さい。しかし観光客は桁外れに多い。おそらく長篠城の千倍以上の観光客でにぎわっています。

アラモへ行くことはアメリカ人にとって聖地巡礼みたいなものらしく全米各地から人が集まるようです。

砦の中にアラモ砦の模型がありました。

日本の靖国神社か鹿児島の知覧特攻平和会館と似た雰囲気です。

陽気なアメリカ人もここでは静かに見学していました。

1836年にアラモ砦は陥落しました。これ以外のパネルが他にもあって1700年代から現代までの歴史が書かれていました。最初はカトリックの修道院だったそうです。長篠城の案内より詳しい。

フリントロックガンの実演をしていました。フリント(火打石)と鉄を擦り合わせて火花をとばし火薬に引火させる銃です。西洋では17世紀前半から火縄銃(Matchlock gun)は使われなくなりました。ガイドさんの話では毎週土日に実演しているそうです。

ALAMO Flintlock gun

NAGASHINO Matchlock gun